転倒予防の評価として臨床中に用いられることの多いTUG。評価後、どのような結果を導きだしていますか?
私もTUGの評価を臨床で用いることは多いのですが、カットオフ値と言われている値のみの評価では、転倒リスクの評価としてやや物足りない感じがしていました。他の評価と組み合わせる事も多いですが、TUG単独の評価としても視点がもっとあると感じていました。今回は、TUGを評価し何が分かるか、どのように考えていくか、をお伝えします。
目次
TUGってどんな評価?
TUGは、転倒予防の評価や運動器不安定症の評価などにも用いられてる汎用性の高いテストです。歩行やバランスなどを評価するツールとしてPodsiadlo&Richardsonらが1991年に発表しました。様々な研究の中でカットオフ値が検証されていますが、どの値を使ったら良いのか?カットオフ値だけを評価すれば良いのか?その点は評価者に委ねられているのが現状です。
TUGの評価の仕方とは?
TUG評価時の準備物
- ストップウォッチ
- 椅子 ※ひじ掛けの有無は問わず
- ミニコーン
- メジャー ※3m計測用
ポイントとして、歩行評価のため靴を履いてもらうこと。また、評価の際にミニコーンや椅子が着座の勢いや衝突により大きくずれることがあります。念のため目印を貼ったり動かないようにテープなどで固定していた方が良いです。
TUGの測定方法
①
開始肢位は背もたれに軽くもたれかけ、手は大腿部の上に置いた姿勢とします。その際、両足が床に着くように配慮します。
②
椅子から立ち上がり、3m先の目印を回って、再び椅子に戻るための時間を測定します。0m地点は椅子の前脚とし、3m地点はコーンの中心とします。
③
測定者のかけ声に従い、一連の動作を「最大の歩行速度」で行ってもらいます。
④
測定者は対象者の身体の一部が動き出すときからお尻が接地するまでの時間を計測します。厳密な規定ではなく、立ってから座るまでとご理解ください。
⑤
コーンの回り方は対象者の自由とします。
⑥
測定後、秒数の小数点以下1桁までを記録します。(2桁目は四捨五入)
⑦
日常生活において歩行補助具を使用している場合には、そのままご使用ください。
「通常の歩行速度」で測定する場合もあります。しかし、この場合、心理状態や声掛けの仕方により解釈の違いを生むことがあります。そうなると信頼性に欠ける点が大きなデメリットとなります。そう言った心理状態や解釈の違いによる結果の変動を少なくするため「最大の歩行速度」で行うことを推奨します。また、TUGに関しては、身体機能の変化を捉えるために定期的に評価する方がよいため毎回同様の方法(測定条件が異ならないように)となるように注意しましょう。評価中の注意点としては、対象者が結果を良くしたい意識が強いと勢いがつき危険な座り方や躓いたりする可能性があります。評価中の転倒を防ぐために評価者は注意を常に払っておく必要があります。
TUGの各研究から何が分かっているのか?
色々な研究や文献からカットオフ値や結果を見てみましょう。引用文献はまとめて記事の最後に掲載しています。
①Shumway-cook et al.(2000)の研究※1)
カットオフ値:13.5秒以上で転倒リスク増加
地域在住の健常高齢者を対象にTUGを実施し、過去半年の転倒経験の有無により総所要時間に有意差が認められたという研究です。13.5秒を用いるケースは多く一般的なものとして知られています。この研究では、転倒経験のない高齢者と過去6ヵ月に2回以上の転倒経験を持つ高齢者それぞれ15名ずつで検証されています。また、転倒経験のある高齢者のうち7名は杖を5名は歩行器を使っています。
私の意見としては、13.5秒は肌感覚としてけっこう基準が緩い気がします。13.5秒以下で転倒する症例もいくつか経験しています。研究での対象が歩行能力が比較的低いので、その影響であるかもしれません。独歩での歩行における転倒リスクとしては、少し物足りなさを感じます。
②島田ら(2006)の研究※2)
転倒率は、7秒未満で約10%、8.5秒以上では約20%
外出頻度は、7秒未満で約20%が毎日外出しない、8.5秒以上では約35%が毎日外出しない
地域在住高齢者959名(平均年齢74.8歳)を対象に実施している研究です。カットオフではなく、TUGの秒数と転倒の割合を算出しています。一般的には、ローリスクと言われている範囲でも転倒者が一定数いる事は、様々な要因が関与していることを裏付けています。この研究の調査では、転倒に関しては、調査日以前での過去1年間の転倒状況を、外出に関しては、1週間の平均的な外出頻度を聴取し「毎日外出」と「毎日以外」に分類しています。
秒数が早ければ転倒リスクは減ることに間違いはないですが、リスクがゼロになるわけではありません。しかも、7秒未満という比較的早い速度であってもです。これは、転倒予防の難しさを表しており、転倒者ゼロは不可能ということでもあります。しかし、単純ではない以上、対象者に合わせた対策が必要となってくるため専門職としては腕の見せ所でもあります。
③関根ら(2010)の研究※3)
最大歩行速度でのTUGは、加齢により直線歩行が遅くなることで低下してくる
この研究では、まずTUGを運動要素として「①起立」「②直線歩行」「③方向転換」「④直線歩行と着座」に分けてどの要素が加齢により低下するかという研究として行っています。対象は、健常な女子大学生15名(20-23歳)と健常女性高齢者34名(65-74歳)の比較で、TUGを計測しその後ビデオ映像を見ながらの各要素の測定で行っています。
この研究では同時に5m歩行時間も測定しており、最大歩行速度とTUGの歩行要素との有意な相関関係も示されています。加齢に伴い歩行速度が低下してくることは他研究でも示されておりその裏付けともなっていると言えます。そのため、TUGの結果を維持していくためには直線歩行速度を維持していくことが重要です。
④村田ら(2010)の研究※4)
虚弱高齢者に関しては、TUGよりも5m歩行速度の方が下肢機能を反映する
この研究では、虚弱高齢者134名(平均78.4歳)を対象に、対象者にTUG評価が妥当かどうかを明らかにする目的で行われました。虚弱高齢者は、通所リハビリ―テーションなどに通っており、重度の認知症を認めない「要支援者」68名、「要介護1」55名、「要介護2」11名となっています。TUG、5m歩行速度の他に大腿四頭筋力、座位での下肢荷重力(端座位にて足底で垂直に踏む力)、虚弱高齢者用10秒椅子立ち上がりテスト(Frail CS-10)を行っています。TUG・5m歩行速度ともに他の検査と相関はありましたが、5m歩行速度がより関連が強く下肢機能を反映している結果となっています。
TUGには、方向転換や起立、着座などの複数課題があるため様々な影響を受けやすくなっています。そもそも虚弱高齢者では、既往歴としての疾患などあり転倒リスクが多く隠れている可能性があります。その点がTUGに影響を与え直接的な下肢機能を反映していないと思われます。TUGの値は参考値としては必要ですが、結果だけでなく検査中の動作にも注目し評価していく必要がありますね。
⑤伊井ら(2017)の研究※5)
TUGでの転倒低リスク者でも、転倒歴あれば転倒恐怖心が転倒要因となる
この研究では、転倒予防教室に通う高齢女性29名を過去1年以内に転倒経験のある10名(転倒群)と転倒経験のない19名(非転倒群)に群分けし検証を行っています。結果として、2群間には膝伸展筋力や5m歩行速度、TUGにも差は見られませんでした。TUG(転倒群:7.3±1.1秒、非転倒群:6.7±1.5秒 有意差なし)。しかし、転倒恐怖心の評価であるMFES(Modified Falls Efficacy Scale)で有意差を認めています。
秒数の速さでは評価できない転倒恐怖心が関与していることが分かったのは新しい知見だと思います。なかなか自覚できない点もあり、転倒恐怖心を改善するのは難しい場合もあります。判断としてどうするのかは対象者によると思いますが、そういった心理的な面もTUGと転倒に影響があることは知っておいた方が良いと思います。
⑥高齢者のテーラーメイド型転倒予防※6)
8.3秒以内でも5人に1人は、1年間に1回以上転倒する
15秒以上かかる高齢者は、2人に1人は1年間に1回以上転倒する
上記の転倒割合は、文献の筆者が過去に研究により明らかにしているものです。機能レベルに幅が大きいため転倒理由は、かなり様々あることが考えられます。そこで筆者は、1038名の高齢者を対象にTUGを行い、遂行時間別にどんな原因が転倒リスクとなるかを調査しました。内容としては、下肢筋力や二重課題下での課題を含めた代表的な転倒リスクを測定し関連を調べています。そして、比較的運動機能レベルの高い高齢者であれば二重課題下歩行は転倒リスク評価として有用であるが、運動機能の低下した高齢者では二重課題下歩行は有用ではないということを示しました。そしてまとめたものが下のフローチャートです。
TUGの4段階での判定に加え、二重課題下での歩行・下肢筋力測定をかけあわせて評価しています。それぞれにおいてどのようなリスクがあるのかが比較的明確になりました。
⑦まとめ:各研究から評価検討
①~⑥までの研究や文献で、TUGと転倒の関連を調査しました。これらの研究を踏まえて、TUGを評価する時の判定までの流れや対象者のポイント、対応する訓練をまとめてみました。
+α 理学療法士の視点
TUGを評価する時に、理学療法士として見るポイントのひとつに方向転換や着座する時のステップの仕方があります。これには主に2つの動きがあります。それが『クロスステップ』と『サイドステップ』です。この2つの動きは足の筋肉の使い方が異なります。
サイドステップ | クロスステップ | |
軸足の股関節 | 外転・外旋・伸展 | 内転・内旋・伸展 |
軸足の足関節 | 回内・拇趾側での Forefoot rocker | 回外・小趾側での Forefoot rocker |
股関節筋活動 | 股関節屈筋群・伸筋群の協調性 | 股関節屈筋群・伸筋群の協調性 |
足部筋活動 | 腓骨筋・腓腹筋外側頭 | 後脛骨筋・腓腹筋内側頭 |
体幹機能(脊柱) | 屈曲と進行方向と同側への 回旋と側屈 | 伸展と進行方向と対側への 回旋と側屈 |
高齢者は加齢に伴う姿勢変化により、体幹の伸展制限が出現しやすいためクロスステップが困難になると考えられます。しかし、高齢者は股関節伸展角度の減少に加え、股関節外転筋・足関節底屈筋の筋力低下が起こりやすく、その影響で十分に重心を押し出すことが困難となります。その影響で結果的に、クロスステップを利用することがあります。そうなると体幹の伸展が困難となっていれば体幹を直立まで戻せずに転倒に至ってしまう場合もあります。そのため、サイドステップを利用した方向転換が出来るよう股関節・足関節・足部機能を高めて置く必要があります。
TUG評価後の転倒予防トレーニング
TUG評価にて明らかになった結果がローリスクであったとしても、前述したように転倒リスクがゼロにはなりません。そして、加齢に伴い常に低下の危機にさらされている身体・心理的状態ですので、トレーニングはどの段階でも行うべきです。
運動機能が高い高齢者向け(≧8.3秒)
リズミック・ステッピング・エクササイズ
イラストのように立位姿勢から始めます。60-120beat/minのテンポで足踏みを行いながら、口頭および視覚的に指示された方向にステップするというものです。実際に地面に目印はありませんが、前後左右にステップは個人の可能な範囲で行います。時間は1分程度から始め、3分・5分と延長していきます。ある研究では、週1回の頻度で6ヵ月間実施することで、二重課題下歩行能力が向上し、転倒恐怖感が減少する事が分かっています。比較的運動機能レベルの高い高齢者に対してが有用とされています。
やや移動能力が低下した高齢者向け(8.4~11.0秒)
ステッピング・エクササイズ
移動能力がやや低下しているような場合には、座位で行うステッピング・エクササイズが有用です。これは椅子座位の状態で、語想起などの認知課題を行いながら出来るだけ速く足踏みを行うというものです。時間は5秒から開始し、段階的に10秒へ延長していきます。認知課題としては、「動物の名前を出来るだけ多く言う」「国の名前を出来るだけ多く言う」などカテゴリーを指示するものや、「か」から始まる言葉などの語想起。100から順に3や7を引く単純計算問題が二重課題として有用です。座位でのトレーニングであっても歩行能力が向上する事が確認されており、安全に1人でできるトレーニングです。
筋力の強化が必要な高齢者
これに関しては、高齢者全員が行っていく必要があります。現在のTUG結果に関わらず今後の維持・予防のためには習慣化できている事が重要です。絶対にこれでないと、というものはありませんが、気に入った運動や好きな運動の方が継続しやすいため自分に合ったものを探してみてください。
まとめ
今回は、TUGの紹介と評価、それに対応するトレーニングについてお伝えしました。TUGは、比較的場所を選ばず病院や施設、地域どこでも実施できます。ただし、今回の記事に書いたように地域高齢者と虚弱高齢者では解釈の仕方が異なります。そのあたりを把握した上で評価を行っていきましょう。転倒予防に深みが出て転倒者が少しでも少なくなれば幸いです。
引用文献
※1) Shumway-cook, A,Brauser S,et al:Predicting the probability for falls in community-dwelling older adults using the Timed Up & Go test, Phys Ther 80:896-903, 2000
※2) 島田ら 高齢者を対象とした地域保健活動におけるTimed Up & Go Testの有用性 理学療法学 第33巻 第3号 105-111項(2006)
※3) 関根ら Timed Up & Go Testの所要時間の差を決定する運動要素の検討 理学療法-臨床・研究・教育 17 : 9-13 ,2010
※4) 村田ら 虚弱高齢者におけるTimed Up and Go Test、歩行速度、下肢機能との関連 理学療法科学25(4):513-516, 2010
※5) 伊井ら 転倒低リスク高齢者における転倒要因と転倒予防に向けた一考察 理学療法科学 32(6):763-767, 2017
※6) 山田実 高齢者のテーラーメイド型転倒予防 運動疫学研究 2012;14(2):125-134